B.B
神谷さんはうなずいた。





「うん、乙川家。村にある名家だよ。知らない?」





ぼくはかぶりを振った。いくら「よそもの」のぼくでも、乙川家なら知っている。ただ、驚いたのだ。乙川家の娘が乙川環だったということに。





乙川家は、江戸時代半ばごろから始まった名家で、村の北方に大きな屋敷をでんと建てている。その名前は村の誰もが知っているにちがいない。





「あの子が、乙川家の……」





そうつぶやきながら、ぼくは紅茶をひとくち飲んだ。




たしかにあの上品な顔立ちは、名家のご令嬢にふさわしい。それに「乙川」なんてめずらしい苗字の人間は、この村では乙川家の人間くらいだろう。





でも、その名家のご令嬢が、どうしてあんなところにいたのだろう?





……あ。





「もしかしたら、偽名を使ったのかも」





「え?」





気づいたら、口に出していた。


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