短篇集
「よーうこちゃん」

はっとして振り向くと、同級生の広美が立っていた。

「おベンキョ、はかどってますか」

そういいつつ、肩までのストレートヘアをかきあげながら、隣の席に腰掛ける。

「ぜんぜん、だめだよ」
「ふぅん」

広美はすでに、第二志望の私立大学に特待で合格している。国立大学にも出願したが、やる気がどうも沸かないらしかった。

「蓉子ちゃん」
「何?」
「私、疲れちゃった」
「うん」
「受験勉強とか、これからの人生とか、そういうのに」

分かるよ広美、と言おうとしたが声にならなかった。分かるよ、という顔をしながら、死んだ先輩のことを考えていたからだ。

「蓉子ちゃん」
「何?」
「澤野先輩の、お葬式」
「うん」
「行ってきたよ」
「そう」
「かなしい」

そうだった、広美は、先輩と同じテニスクラブに入っていたはずだ。私は広美を気の毒に思った。

「コツニクシュだってね」
「うん」

それっきり広美はうつむいて、押し黙ってしまった。すすりあげる音がしたので広美にハンカチを差し出そうとしたが、泣いているのは私だった。

「かなしいね、広美」と言いつつ、私はハンカチで頬を伝う涙を拭く。
「かなしいよ、蓉子ちゃん」と、広美も目を真っ赤にして、おうむのように返してくれる。

「広美」
「何?」

ついせんだって私が考えていたことを、広美にも聞いてみようと思ったのだった。

「人って死ぬとき、なにを考えると思う」
「死ぬとき…」と、広美は視線を泳がせた。

「人によって違うと思うけど」
「そりゃそうだね」
「幸せなこと、考えるんじゃないかな、大概の人は」
「そう思う?」
「うん」
「そうだったら、いいな」
「うん」と、広美は真っ赤な目をしばたかせて、ちょっと笑った。

広美のそのことばは、真偽はどうであれ、生きている者への福音だ。

わかんないけどね、と付け足しながら、広美は窓の外に目をやる。

地平線いっぱいにひろがる中都市を、真っ青な空が優しくつつみこんでいる。

かえすがえすもきれいな空だなぁと、思った。
< 3 / 3 >

ひとこと感想を投票しよう!

あなたはこの作品を・・・

と評価しました。
すべての感想数:0

この作品の感想を3つまで選択できます。

この作家の他の作品

公開作品はありません

この作品を見ている人にオススメ

読み込み中…

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop