黒き藥師と久遠の花【完】
「ありがとう。代金はいくら?」

「いつも通り銀貨五枚、と言いたいところだが、ちょっくら物々交換させてくれねぇか? ワシは今度、北方へ冒険しに行くんだ。それで凍傷やしもやけ用の薬が欲しいんだよ」

 北方――。

 一瞬、みなもの目が鋭くなる。
 だが、すぐに緊張を解き、微笑を浮かべた。

「これから使う機会が減ると思ったから、外の納屋に入れちゃったんだ。取ってくるよ」

「面倒かけるな。頼むぜ……あ、あと傷薬も多めにくれねぇか?」

 快く手を振り、みなもは颯爽と小屋を出た。





 ぐるりと小屋を回って裏手に行くと、木で組んだ自作の納屋があった。
 小屋が陰となり、春の陽気はここまで届かず、冷えた空気にみなもは震える。

(寒いな。早く薬を取って小屋に戻ろう)

 冷えていく指に温かな息を吹きかけると、みなもは納屋を開けて目的の薬を探す。
 冬の間、毎日村人に求められていた物。薬の入っている黒い壺は、すぐ手前にあった。

 蓋を開け、小瓶に取り分けた軟膏を手にして……みなもは動きをとめる。

(北方、か。あれから八年も経ったんだな)

 八年前。隠れ里を襲われ、姉に助けられた後、みなもは仲間の誰かが逃げ延びたかもしれないという一縷の希望にすがり、山を降りて姉たちの行方を捜した。

 最初は女の子供というだけで、襲われそうになったり、人買いにさらわれそうにもなった。
 だから服の下に革の胸当てを着け、男のフリをするようになった。
 おかげで襲われる回数が減り、どうにか各地を渡り歩くことができた。
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