黒き藥師と久遠の花【完】
 王の相手から解放され、すぐにレオニードはみなもを手伝いに作業の部屋へと向かう。
 中へ入ると、真っ先に中央の机で手元に集中しながら、薬を作るみなもの姿が目に入る。

 いつもならこちらが部屋に入ったことに気づかず、黙々と薬を作り続けているのだが、何故か今日は手を止めて顔を上げた。

「お帰り、レオニード。待ってたよ」

 微笑みながら、みなもがこちらへ寄ってくる。
 自分の欲目を抜きにしても、気を許した彼女が見せる表情は、あどけなく可愛い。

 思わず抱き締めたい衝動に駆られるが、流石に城内では不謹慎だ。
 レオニードはどうにか己を抑えて、みなもと向かい合った。

 みなもはこちらを見上げると、少し困ったように眉根を寄せた。

「実はさ、今日はちょっと行きたいお店があるんだ。だから悪いけれど、今から俺だけ先に帰らせてもらえるかな?」

「早く帰るのは構わないが、俺も一緒について行こう。準備をするから、少し待っていてくれ」

「……ごめん、レオニード。俺一人で行かせて欲しいんだ。だって――」

 辺りを見渡し、浪司や他の人間がいないことを確かめてから、みなもは少し頬を赤らめながら小声で言った。

「欲しいのは、女物の服と下着なんだ。選ぶのに時間もかかりそうだし、貴方に見られながらっていうのも恥ずかしいから」

 みなもの照れが移ってしまい、レオニードも思わず動揺して目を逸らす。

「す、すまない、そこまで考えが至らなかった。だが……」

 いくらヴェリシアの城下内とはいえ、いつみなもが襲われるかも分からない状態なのに、一人で行動させられない。

 しかし今まで服も下着も男物を使っていたみなもが、女物を買おうとしている。彼女が自分を作らずに生きられるようになるためにも必要なことだと思う。そんな機会を奪う訳にもいかない。

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