黒き藥師と久遠の花【完】
 一瞬だけ顔をしかめた後、みなもは一切の表情を消す。
 そして衣料店を通り過ぎ、隣にある雑貨屋へと入った。

 表は人の往来で賑やかなのに、物に溢れた店内は薄暗く、誰もいないのではないかと思ってしまうほど、人の気配を感じられなかった。

 みなもが辺りを見渡しながら、奥へと進んでいくと――。

「いらっしゃい、黒髪の御仁」

 横からしゃがれた声が聞こえて、みなもは咄嗟に振り向く。
 そこには小柄で皺だらけの老人が、商売道具に埋もれるようにして椅子に座っていた。

「あちらの部屋へどうぞ。お待ちの方はもう来ておるよ」

 老人が店の一番奥にある扉を指さす。
 指されたほうを一睨みしてから、みなもは扉まで進み、錆だらけのノブを回した。

 ギギィ、と耳障りな音を立てながら扉を開く。
 そこは倉庫と思しき小部屋だったが、在庫の品は見当たらない。
 代わりに部屋の中央に、木の椅子が二脚と、ランプを置いた机があった。

 そして、椅子には一人の男が腰かけ、ゆっくりとくつろいで本を読んでいた。
 みなもが入ってきたことに気づくと、男は本を閉じて顔を上げる。

 暗紅色の瞳がランプの灯りに照らされ、妖しく光った。

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