黒き藥師と久遠の花【完】
 椅子から腰を上げる音がした後。
 チャリ……。
 硬い音と共に、首へ金属の冷たさが当たる。

 顎を引くと、視界の下で水色に透き通った美しい石が見えた。

「これは……首飾り? わざわざ俺のために買ってくれたの?」

 首飾りなんて、子供の頃に姉が作ってくれた花飾りしか知らない。
 こんなきれいな物、自分には縁のない物だとばかり思っていた。
 何だか気恥ずかしいけれど、素直に嬉しい。

 みなもが再びレオニードへ体を向けると、彼は微笑みながら頷いた。

「ああ。ヴェリシアでは生涯を共にする女性に、こうして男性が首飾りをつける風習があるんだ」

 そんな特別な物とは思わず、みなもは改めて首飾りの石を見る。
 見ていると吸い込まれそうな、濁りのない水が湧き出す湖を思わせてくれる石だ。
 
 ただ、初めて手にしたという感じがしない。
 みなもは小さく笑うと、レオニードを見上げた。

「この石、貴方の瞳と同じ色だから、すごく好きだな。ありがとう」

「気に入ってくれてよかった。……その石は色によって意味が変わるんだ。緑なら優美、黄色なら無邪気といった具合に」

「じゃあ水色にはどんな意味があるの?」

 何気なく尋ねてみると、レオニードは少し間を空けてから口を開いた。

「水色は、誇りだ」

「誇り?」

「みなもは初めて会った時から、自分ができることを考え出そうとして、人に弱さを見せなかった。だから俺はずっと君のことを誇り高い人だと思っていたんだ。……こうして見ても、やっぱり君にはその色が似合う」

 思いもしなかったことを言われ、みなもは目を丸くする。

 この人の目には、そういう風に見えていたのか。
 今まで仲間を求めて生き続けた道のりは、ただ苦しくて寂しいだけの日々だと思っていたのに――この石が、こんな自分を認めてくれる。

 どんな愛の言葉を囁かれるよりも嬉しかった。

 水色の石を両手で握り締めながら、みなもはレオニードの胸へ寄りかかった。

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