黒き藥師と久遠の花【完】
「本当にありがとう。大切にするよ」

 レオニードには貰ってばかりだなと思った時、不意にみなもの脳裏へ浮かぶものがあった。

「ちょっと待ってて、俺も貴方に渡したい物があるから」

 パッと彼からみなもは身を離し、小走りに二階へと進む。
 そして自分の荷袋から目的の物を取り出すと、すぐにレオニードの元へと戻った。

「前から渡そうと思っていたんだ。受け取ってくれるかな?」

 みなもは持ってきた物を、レオニードに差し出す。
 その手には、黒鞘に入った細身の短剣が握られていた。

「これは……?」

「俺が護身用に持っている、猛毒が仕込まれた短剣だよ。かすり傷だけでも人を殺せる。素手で刃を触るだけでも激痛が走るから、扱う時は慎重にね」

 こんな物騒な物、恋人に贈るような物ではない。
 レオニードもそう感じているのだろう、彼からはひしひしと戸惑いが伝わってくる。

 小さく笑うと、みなもは軽く肩をすくめた。

「レオニードはヴェリシアの兵士だから、このまま戦いが続けばいつかは戦場に行く。そうなれば俺はただ貴方の無事を祈りながら、待つことしかできない。だから――」

 みなもは眼差しを強め、レオニードの目を真っ直ぐに見つめた。

「……綺麗事は言わない。これを使ってでも生きて欲しい」

 自分の愛した人が目の前からいなくなるのは、もう耐えられない。
 もし戦場へ行ってしまうなら、絶対に生きて戻ってきて欲しい。

 こちらの思いを汲み取ってくれるように、レオニードは短剣を受け取った。

「分かった。戦場へ行く時が来たら、必ず生き抜いてみなもの元へ戻ってみせる」

 レオニードは空いた手をみなもの頬へ添わせ、顔を近づけた。

「約束する、君を一人にはしない」

 思わず表情が崩れそうになり、みなもは顔に力を入れて堪える。
 嬉しくて仕方が無いのに、今の自分にはその言葉が辛い。
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