黒き藥師と久遠の花【完】
 後片付けを終えた後、みなもは二階の寝室へと足を踏み入れる。
 案の定レオニードは眠気に勝てず、ベッドで静かな寝息を立てていた。

 みなもはベッドに腰かけるとレオニードの頬を撫で、起きる気配はないことを確かめる。

 よく薬が効いているようだ。
 頬から手を離すと、ジッと彼の寝顔を見つめた。

(ごめん、レオニード。俺はバルデイグへ行くよ……姉さんと、仲間と会うために)

 家へ帰るまでの間、ずっと迷い続けていた。
 嫌な思いをしながらも姉に会いに行くのか、このままレオニードの元へ残るか。

 恐らくナウムのことだ、ただ姉と会わせるだけで済まないだろう。
 少しでも隙を見せれば、自分のものにしようと手を出してくるはず。
 そう思うだけで胸奥のむかつきが治まらない。

 あんなヤツを頼りたくない。
 けれど、早く今まで自分が追い求めていたものに決着を付けたかった。

 今の自分は、過去と未来の間で宙に浮いているようなものだ。
 新しい道へ行きたいのに、心が過去へ引っ張られる。
 温かな居場所へ留まりたいのに、罪悪感が募って、居たたまれない気持ちになってしまう。

 だからバルディグへ行こうと思った。
 レオニードと共に生きるために、今まで歩いてきた道を一区切りさせたかった。

 みなもは立ち上がると、部屋の隅に置いていた荷物を持とうとする。
 腰を屈めた瞬間、水色の石がぶらりと垂れ下がった。

(しばらく会えないけれど、この石があれば耐えられそうだ)

 彼の瞳と同じ色の石。
 これを見るだけで、レオニードに見守られているような気がした。

(ここを離れても、俺の心は貴方と共に――)

 みなもは首飾りの鎖と石を服の下に潜り込ませると、荷物を持ち上げ、寝室を出て行った。
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