黒き藥師と久遠の花【完】
 求めていた情報ではないが、もし北地に姉たちがいたとしたら大丈夫だろうか? 戦渦に巻き込まれていないだろうか?
 不安で胸は張り裂けそうだが、みなもは平静を装い、「大変だね」と話を流す。

「そんな時に北へ行くんだ。物好きだな」

「今の時期でないと食えねぇ珍味があるんだ。ワシは食い物のためなら、命をかける!」

 相変わらず自分の欲に正直な人だ。そんな彼が羨ましくもある。
 苦笑しながら、みなもは棚へ行き、傷薬を手に取って浪司に渡した。

「ちゃんと無事に顔を見せて、冒険の話を聞かせてよ。もう一つ傷薬、おまけするからさ」

 大切な商売相手でもあり、情報源だ。彼に何かあったら困る。
 こちらの思惑に気づくことなく、浪司は上機嫌に歯を見せて「ありがとさん」と笑った。

 タタタタッ。

 突然、小屋へ全力で駆けてくる足音がした。

 バンッ!
 元気がいい……を通り越して、荒々しく扉が開く。

 さっき薬を渡した少年が、激しく息を切らせながら現れた。

「みなも兄ちゃん、大変だ!」

「どうしたんだ? そんなに慌てて」

「村の入口に、傷だらけの異人が倒れているんだ! 全然動かないし、怖くて――」

 一刻を争う状態だ。

 みなもは話の途中で駆け出し、小屋を飛び出る。

 少し遅れて浪司の足音もついてくる。
 少年の軽い足音もついてきたが、行きで力尽きたのか、足音は遠ざかっていった。

 医者がいないこの村では、薬師の自分が医者代わりだ。この肩に人の命が乗っていると思うと、みなもの手に脂汗がにじんでくる。

(……いずみ姉さん)

 おじけづく心を奮い立たせようと、みなもは姉の姿を思い出す。
 何も語らない残像でも、勇気づけられた。
< 12 / 380 >

この作品をシェア

pagetop