黒き藥師と久遠の花【完】
 もう彼女の中に、自分の居場所はなくなってしまったのだろうか?
 二人の間に流れる親しげな空気に、思わずレオニードは目を逸らそうとする。

 けれど、みなもから視線を離すことができない。
 胸の内は痛くなるばかりなのに、彼女を求める気持ちが溢れ出して止まらない。
 今は少しでも長く、彼女の姿を見ていたかった。

 みなもが親方に庭へ植える草花を伝え終わると、見計らったようにナウムが彼女の腰に手を回した。

「そろそろ部屋に戻ろうぜ。またチュリックの相手をしてくれ」

「分かりました。お相手させて頂きますね」

 ナウムに促されて、みなもが踵を返そうとする。

 その一瞬、漆黒の瞳がレオニードを捕らえた。

 どこか虚ろで悲しげな眼差し――二人の姿が、一転して捕虜と看守のように映る。
 これが本心なのかと悟った途端、レオニードは苦しげに目を細めた。

(……あと少しだけ耐えてくれ。君を自由にするために、俺たちはここへ来たのだから)

 ゆっくりと離れていくみなもの背中を見つめながら、奥歯を強く噛み締める。と、

「まだ休むには早いだろ。怠けずに手を動かせ」

 こちらに戻ってきた浪司が隣に並び、摘むべき花を手際よく取り始めた。
 仕事に戻らねばと手を動かそうとするが、レオニードの目は最後までみなもを見ようとしてしまう。

 ふう、と浪司は息をついてから、声にならない声で呟いた。

『みなもに手紙を渡した。今晩、ここへ忍び込むぞ』

 待っていた朗報にレオニードは息を呑むと、わずかに頷き、顔を花壇のほうへと向ける。
 夜になれば、また彼女に会える。その事実が、止まっていた作業を再開させてくれた。
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