黒き藥師と久遠の花【完】
「動けるヤツはさっさと侵入者を追え! アイツらを確実に始末しろ」
辺りを見渡しながらナウムが声高に叫ぶと、倒れていた部下たちが起き上がり、今しがた二人が去ったほうへ向かおうとする。が、
「ナウム様、追う必要はありません」
短剣を鞘に収めながら、みなもは薄く笑い、妖しい色香をふわりと漂わせた。
「二人ともすでに私の剣で毒を受けています。放っておけば死にますよ」
ぞくり、とナウムの背筋に寒気が走る。
遠目で見ていたが、確かにみなもは最初の段階で二人を斬りつけていた。
いくら暗示にかかっているとはいえ、自分のために親しかった者たちを手にかける……その姿がたまらなく美しく、完全に彼女を組み敷いているという実感を掻き立てる。
「流石だな。やっぱりお前は最高の駒だな」
みなもの背後へナウムが近づくと、彼女はゆっくりと振り向いて、こちらの胸へもたれかかってきた。
優しく肩を抱いてみせると、みなもは嬉しそうに顔を綻ばせた。
ふと脳裏に昔の記憶が浮かび上がる。
せがまれるままに頭を撫でてあげた時に、よく見せていた顔だ。
何も知らない、純真で幸せそうな子供の頃の――。
不意にナウムの胸が痛み、肩を抱く手に力が入った。
「ナウム様、どうされましたか?」
みなもが顔を上げて、間近にこちらを見つめてくる。
答えようとしてナウムは言葉を止めた。
昔を思い出してしまうと、どうしても罪悪感がこみ上げてくる。
だが、強引に意思を奪い続ける限り、どんな謝罪をしても彼女には届かない。
意味のないことを口にしても、虚しくなるだけだ。
ナウムは「何でもねぇよ」と小首を振ると、まだ室内に残っている部下たちを見回した。
「念のためだ、今晩は屋敷の警護に徹してくれ。二人の遺体は夜が明けてから探しに行けばいい」