黒き藥師と久遠の花【完】
    ◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 夜も深まり、月はバルディグを囲む山々に隠れてしまう。
 淡い光すら届かなくなり、街を包む闇はより一層濃くなる。

 そんな闇に紛れ、ナウムの屋敷の裏庭を歩いていく者がいた。
 足音を消し、慎重に辺りを見回しながら、林に面している塀へと近づいていく。

 塀の手前に生えている木の幹に手を置くと、裏庭を振り向き、辺りの気配を探る。

 ……大丈夫、誰も来ていない。
 彼の者は身軽に木を登ると、一旦塀の上に乗った後、敷地の外へ着地する。
 そして漆黒の中、木にぶつからないよう、ゆっくりと林の奥へ進んでいった。

 しばらく歩いていくと、遠くにぼんやりとした明かりが見える。
 それと同時に、ほんのり飴を溶かしたような甘い香りがした。

 どうやら近くまで来たらしい。
 今にも走り出したい気持ちを抑えつつ、彼の者は明かりのほうへと進んでいく。

 次第に明かりは強くなり、赤々と燃える焚き火が目に入った。
 だが、周りに人の姿はない。

 どこにいるのだろうと、辺りをうかがっていると――。


 ――グイッ。


 強く腕を引かれたかと思うと、急に体が締めつけられる。

 突如として視界が暗くなり、驚きで体が強張る。
 しかしすぐに緊張は解け、間近になった彼の胸元を強く掴んだ。
< 204 / 380 >

この作品をシェア

pagetop