黒き藥師と久遠の花【完】
「ここに来てから何度も同じ悪夢を見て心細かったんだ。だから心がめげないように、いつもこの石を見ながら『俺は自分を失わない』って思っていた。……それで自己暗示がかかったんだろうね。着替えの時にこの首飾りを見たら、意識が戻ってくれたんだ」

 自分を取り戻した直後の気分は最悪だった。
 前の晩の情事が残ったままの体は汚らわしくて、このまま命を絶ってしまおうかと思っていた。

 けれど目的を果たすまでは死ねない。
 死ぬ気ならば、この体がどれだけ汚れようが構わない。
 そう開き直って、そのままナウムの暗示がかかったフリを続けていた。

 もしこの首飾りがなければ、二人を確実に殺そうとしただろう。
 自分の意識を保ったままナウムに従い続けるのは辛かったが、最悪の事態を避けられたことが救いだった。

 みなもは首飾りを懐へ戻すと、瞼を開いてレオニードを見据える。
 こちらの視線を受けて彼の目が悲しげに細まり、硬く口を結んだ。

「俺をヴェリシアへ連れ戻す目的もあると思うけれど……今は、ごめん。貴方の元に戻れない。どうしてもやりたいことがあるから」

 最初から察しがついていたのか、レオニードから驚きの色は見えない。
 どこか諦めたように小さく息をつき、普段よりも低い声で尋ねてきた。

「君のやりたいことは……毒を作っている仲間を止めることなのか?」

「そうだよ。もう誰が作っているのか、どこに居るのかは分かっている。ただ、特別な場所にいるから、そう簡単には会いに行けない。だから嫌でもナウムを利用して、隙を伺っていたんだ」

 みなもが話を区切って息継ぎをしていると、浪司から強い視線を感じた。
 視線をレオニードから浪司へ移すと、彼は身を乗り出し、緊張した面持ちを見せていた。

< 207 / 380 >

この作品をシェア

pagetop