黒き藥師と久遠の花【完】
 知識を奪えは、必然的に『久遠の花』として過ごした記憶も消えることになる。
 自分たちが姉妹であることも忘れてしまう。

 いずみに記憶を消す薬を飲むように頼んだ時、すでに覚悟は決めている。
 それでもまだ、姉の中から自分を消したくないと願う気持ちが残っていた。

 浪司の話を聞かなければと思うのに、心がバラバラになっていくような感覚が気になり、話に集中できない。

 みなもが動揺を顔へ出さないよう、必死に自分を抑えていると――。
 ――ぽん、とレオニードに肩を叩かれた。

 ゆっくり振り向くと、彼は心配そうな眼差しでこちらを見つめていた。

「……大丈夫なのか?」

 言われて返事をしようとしたが、すぐに言葉が出てこなかった。

 本当にレオニードはこちらのことをよく見ている。
 気を抜けば心の揺らぎも、弱音も、彼には筒抜けになりそうだ。

 情けない自分を知られて恥ずかしいと思う反面、彼だけは分かってくれるのだと、妙な安心感を覚える。
 みなもは小さく息をつき、わずかに微笑んだ。

「思った以上に大事になりそうで、さすがに不安だけど……大丈夫だよ」

 支えられていると実感した途端に、動揺が治まってくれた。
 ありがとう、と心で呟いてから、みなもは浪司に視線を移す。
 
 話を中断してジッとこちら見ていた浪司の目が、やけに温かく感じる。

 目が合うと、浪司は急に背伸びをしながら大きなあくびをし始めた。

「眠くなってきたぞ。明日に影響するといかんから、話はこれで終わりにしようぜ」

 いきなり何を言い出すんだ?
 あまりにわざとらしい調子に、みなもの頬が引きつる。

「ろ、浪司、まだ話が途中なんだけど――」

「簡潔に言えば、お前さんはいずみの元へ行くことに集中すればいい。それ以外のことは、ワシとレオニードでもう打ち合わせ済みだ。無駄に長々と話すよりも、明日に備えて休んだほうが良いぞ」

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