黒き藥師と久遠の花【完】
 反論しかけ、イヴァンは言葉に詰まる。
 己の欲のために手段を選ばない人間など、物心ついた時から山ほど見ている。
 そして従順な態度を取りながら、裏ではいかに自分を出し抜き、より多くの利益を得ようと画策する重臣も少なくはない。

 自分が玉座についている内は、不必要に相手を苦しめるような真似はしない。
 しかし、自分以外の誰かが玉座についた後も、それが守られるとは断言できない。

 この男を信用する訳ではないが、恐らく真実なのだろうと心のどこかで思っている。

 それでも一国の王が、素直に引き下がる訳にはいかない。
 イヴァンは腕を前に伸ばし、剣で浪司を指した。

「貴様の言うことも一理ある。だが、貴様が同じことをしないという証拠はどこにもない。それに、本気になれば城中の人間を毒で殺す力を持つ輩を、放っておく訳にはいかぬ!」

 言い終わらぬ内に床を蹴り、剣を高く振り上げながら浪司へ迫る。
 こちらの奇襲に一瞬だけ浪司は目を見開いたが、すぐに目を据わらせ、己の刃で受け止めた。

「そりゃあワシも分かっているが……今、人が死ぬような毒を流していないってことが証明にならんか?」

「ならんな。単に貴様が危険人物だと証明されただけだろうが」

 刃を交えながら、イヴァンはさらに体が痺れていくのを実感する。
 剣を打ち合う衝撃も、激しく動かす腕の感触も消えていく。動けなくなるのは時間の問題だった。

 明らかに浪司のほうが優位に立っている。
 だが、これだけ攻撃されているにもかかわらず、彼から殺気はまったく感じられない。
 ここで膝をついたとしても、この男は自分を殺さない――戦う内に、そんな確信が芽生えてくる。
 
 ただ、確信はあっても、自分から剣を置くつもりはなかった。

(俺が少しでもコイツを足止めすれば、駆けつけたナウムがいずみを逃がしてくれる。……ずっといずみは奪われ続け、傷ついてきたんだ。これ以上、傷を深めるような目に合わせられるか!)

 体の感覚を少しでも取り戻そうと、イヴァンは強く唇を噛み締める。
 どれだけ強く歯を立てて口内の肉を貫いても、疼く痛みはか弱く、遥か遠くに感じる。
 
 そんな心もとない痛みだけが、イヴァンの体と意識を繋いでいた。
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