黒き藥師と久遠の花【完】
    ◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 城の真後ろに広がる庭園の隅に、ひっそりと佇むガラス張りの温室があった。
 侵入してから走り続けていたレオニードは、真っ直ぐに温室へ躍り込む。

 身を滑り込ませるように中へ入れると、素早く扉を閉める。
 ようやく動きを止めた足が鼓動に合わせ、ずくん、ずくんと全身を突き上げ、熱を駆け巡らせる。

 走っている時は気づかなかったが、止まると胸が詰まって息苦しい。
 大きく深呼吸をして息を整えると、レオニードは室内を見渡した。

 外はまだ草木から芽吹く物は見当たらなかった。
 が、室内は柔らかな緑の葉がのびのびと腕を広げ、瑞々しい花や蕾が散らばっていた。

 その中の一角に、夏の蒼天を思わせるような色の花々を見つけると、レオニードは足早に花へ近づいた。

(これが毒の材料になっている花か……)

 浪司から聞かされた特徴の、細長い花弁を五枚つけた青い花。
 もっとおどろおどろしい物を想像していただけに、その美しさが際立って見える。

(……枯らしてしまうのは可哀相だが、仕方ない)

 レオニードは腰に携帯していた小さな袋から、漆黒の液体が入った小瓶を取り出す。
 そして蓋を開けると、青い花に向かってまき散らした。

 液体が花びらを濡らし、その先端に滴を作り、ポタポタと土壌へと落ちていく。
 と、ジュウゥゥゥという音とともに白い煙が立ち昇り、地を這うようにして辺りへ広がった。

 瞬く間に花はしおれ、美しい青が黒ずんでいく。
 他の植物たちも煙を浴びた途端、同じように生気を失っていく。

 温室をジワジワと侵食していく死の気配に、レオニードは思わず顔をしかめた。

(これが、みなもや浪司が持っている力なのか)

 バルディグに毒を作らせないという目的のために流した、植物たちへの毒。
 今使った物は狭い範囲でしか影響が出ない、と浪司からは聞いている。

 ただ、その気になれば国全体に毒を流すこともできるのだろう。
 人々の体を麻痺させることも、無差別に殺すことも、毒を大地に広げて草の生えない不毛の地に変えることも、彼女たちには可能なのだ。
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