黒き藥師と久遠の花【完】
迫り来る剣を睨みつけ、レオニードは短剣と黒鞘を握りしめる。
どうすれば意表をつける?
剣を正面から交えず、ナウムに毒を与えるにはどうすれば――。
――脳裏に閃きの光が走った。
レオニードは黒鞘の端を持ち、ナウムに投げつけた。
「おっと、危ねぇな」
僅かにナウムが身を引き、シュッ! と剣を振るって黒鞘を弾こうとする。
短剣よりも脆い鞘は、真っ二つに割れた。
その中から薄茶色の滴が溢れ、ナウムの手に落ちた。
「…………っ!」
一瞬にしてナウムの顔が蒼白になり、全身を震わせ、低く唸りながら滴のついた手を押さえる。
かすれば人を確実に殺せる毒。
それが皮膚に付着するだけでも効果があると踏んだ。
――その読みは当たっていた。
この好機を逃す訳にはいかない。
レオニードは短剣を逆手に持ち、ナウムに向けて鮮やかな一閃を放つ。
こちらの攻撃に気づいたナウムが、避けようとして体を傾ける。
切っ先が、ナウムの腕をかすった。
刹那、ナウムの体が床に崩れ落ちる。
そして白目を向き、体をピクピクと痙攣させた。
「よ、くも……やって、くれ……た……」
声にならない声が言い終わらぬ内に、ナウムの呼吸が止まる。
レオニードは物言わなくなった彼を見下ろし、眉根を寄せた。
(……こんな代物を、みなもは持ち続けていたのか)
確実に殺せる毒とは聞いていたが、こんなに即効性があるとは思わなかった。
ずっと生き抜くための、最後の手段だったのだろう。
今回は助けられたが、二度とみなもには手にして欲しくなかった。
もうみなもは目的を果たしたのだろうか?
レオニードは自分の剣を拾い上げて鞘に収める。
そして短剣を手にしたまま、みなもの後を追った。