黒き藥師と久遠の花【完】
 いずみは深呼吸し、意を決したように眼差しを強めた。

「ナウムの屋敷で貴女と会った時に渡してくれた手紙……あそこに書いてあったことが、みなもの望みなのね?」

 柔らかい声で静かに問われ、みなもは大きく頷く。

 あの時いずみに伝えたのは、もう毒を作らないで欲しいこと。
 そして、薬師として――自分が『久遠の花』となって生きること。

 ここまで来た以上、もう迷いはない。
 みなもが揺らがぬ視線を投げかけていると、いずみはフッと顔を綻ばせて手招いた。
 
「ちょっとこっちに来てくれるかしら? みなもに渡したい物があるの」

 そう言うと、いずみは部屋の脇にある本棚へ近づいていく。

 後に続こうと一歩踏み出してから、みなもは立ち止まる。

 このままついて行ってもいいのか?
 俺の姉さんである前に、バルディグの王妃だ。国の利益を考えれば、毒を作ることは止められないはず。

 もし、こちらを油断させて、何か仕掛けてくるとしたら――そんな考えが頭を過る。
 大好きな姉を信じられない自分に気づいてしまい、胸が締め付けられた。

(姉さんと会えるのは、これが最後なのに……)

 信じたいと願う心とは裏腹に、腰の短剣をいつでも抜けるように手を柄へ持っていく。
 そして辺りの気配を伺いながら、慎重にいずみの方へと向かっていった。

 いずみは無防備な背中をこちらに向けたまま、本棚から爪一つほどの分厚さがある本を数冊取り出す。
 振り返ってみなもの顔をジッと見つめてから、いずみはそれを差し出した。
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