黒き藥師と久遠の花【完】
「ここに私が知っている限りの『久遠の花』の知識を書き記したわ。みなものこれからに役立てて」

「えっ……」

 思いがけない話に、みなもは目を激しく瞬かせる。

 お互いに薬と毒の知識を持っているが、それぞれにしか伝わっていない知識もある。
 いずみから記憶を奪えば、その知識は失われる――浪司もある程度は知っているだろうが、彼も『守り葉』。知らないこともあるだろう。

 いくつか『久遠の花』の知識が失われるかもしれない、という覚悟はしていた。
 それだけに、いずみの書いた本はとてもありがたかった。

 これを受け取らない理由はない。
 みなもは手を伸ばし、本を受け取った。

「……ありがとう、姉さん。大切にするよ」

 小さく頷いてから、いずみは愛おしそうに目を細めた。

「実を言うとね、この国のために毒を作っていたのは確かだけれど……貴女に会ってこれを渡すことが、私の望みだったの」

「もしかして『久遠の花』と分かる毒を作っていたのは、それが目的?」

「そうよ。毒を作れば、みなもが私を止めに来るだろうと思ってた。たとえ記憶を奪われることになっても、貴女に一目会いたかった」

 言いながらいずみは本棚の隣にあった机の引き出しを開けると、中から何かを取り出す。
 見覚えのある包み紙――それが前に渡した記憶を奪う薬なのだとすぐに分かった。

「前にこれを渡された時は、手元に本がなくて、誰が見ているか分からない状況だったから……今なら心置きなく飲むことができるわ」

 ゆっくりとした手つきで、いずみが包み紙を開いていく。

 咄嗟に机へ本を置き、みなもは前へ出ようとする。
 けれど一歩踏み出して、足は動かなくなってしまった。

 これを飲んでしまえば、『久遠の花』の知識だけでなく、自分たちが姉妹だったことも忘れてしまう。
 離れていても確かにあった繋がりが、絶たれてしまう気がした。

 まだ飲まないで欲しい、と言いそうになり、みなもは無理に言葉を呑み込む。
 
 一刻も早く、ナウムを足止めしているレオニードの元へ行きたい。
 間違えてはいけない。これから一緒に生き続けたい人は、彼なのだから。

 微動だにせず、いずみの動向をただ見守ることしかできなかった。
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