黒き藥師と久遠の花【完】
 いずみは上を仰ぎ、すべての薬を口の中へと送り込むと、固く口を閉ざす。


 ごくり、と大きく喉が鳴った。


 もう後戻りはできない。
 頭では分かっていたのに、いざ目の当たりにしてしまうと激しく心が揺らぐ。

 瞳が潤みかけていたみなもへ、いずみは腕を広げて近づいてくる。
 そして昔へ戻ったように、優しく抱き締めてくれた。

「お願い……私の記憶が消えるまで、このままでいさせて」

 バルディグの王妃ではなく、たった二人きりの家族として向き合ってくれている。
 悲しくて胸は苦しくなるばかりなのに、いずみからその言葉を聞けて嬉しかった。

 みなもは「うん」と頷いてからそっと腕を回すと、いずみを抱き締め返した。

「俺のことを忘れてしまっても、姉さんが好きだって気持ちは変わらないから」

「ありがとう、私も貴女のことが好きよ。……できることなら、ここでずっとみなもと一緒に過ごしたかった」

 耳元でそう囁くと、いずみは腕の力を強めた。

「みなもだけに一族の使命をすべて背負わせてしまってごめんなさい。これから貴女がどれだけ苦しい思いをしても、助けてあげられない……それがすごく心残りだわ」

「心配しなくても大丈夫だよ。『守り葉』の熊オジサンもいるし、これから一緒に生きてくれる人もいるから――」

 話の途中で、フフッ、といずみが小さく笑う声がした。

「良かった、まだ生き残っていた人がいたのね。それに貴女にも大切な人がいるなんて……どんな人か見てみたかったわ」

 元来た道を戻ればレオニードに会わせることはできるが、ナウムと死闘を繰り広げている姿を見せる訳にはいかない。
 記憶を失う間際に、いずみに悲しい思いをさせたくなかった。
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