黒き藥師と久遠の花【完】
 小屋の裏手に広がる森へ入り、二人はなだらかな小道を歩いていく。

 まだ木々に生えたばかりの葉は小さく、鬱そうとしていない森は光に溢れ、辺りの冷めた空気を温める。

 しばらくして、森の新芽を鮮やかに映した湖が見えてきた。
 湖面は光を弾き、時折吹くそよ風と戯れ、揺らめいている。
 辺りを囲む森の木々も、優しく葉をそよがせる。

 いつでも魚が釣れるように、村人たちが作った桟橋へ行くと、みなもは橋の縁に腰かけた。間を空けて、レオニードが隣へ座る。

「これを針に刺せば、楽に魚が釣れるよ」

 みなもは懐から爪の大きさほどの木片を摘み出し、レオニードへ渡す。
 受け取ると、彼は不思議そうに木片を見つめた。

「その木を魚が口にすると、痺れて釣りやすくなる。小さい頃、そう気づいたんだ」

 一足先に釣り針へ木片を刺し、みなもは湖へ静かに糸を垂らす。

「手元にお金がない時、何度も助けられたよ。おかげで死なずに済んだ。ちょっとコツがあって、生きているように見せないと、口に入れてくれないけどね」

 冗談めかして笑いながら、みなもは呟いた。
 遅れて釣り糸を垂らしたレオニードが、こちらを見据えて口を開く。

「苦労したんだな」

 思いがけない言葉に、みなもは驚いて息を止める。
 そのままレオニードへ顔を向けると、彼は目を細めて悲しそうな顔をしていた。

「誰だって苦労はあるだろ? 特別なことじゃないよ」

 変に同情されると、気分が落ち着かない。みなもは微笑を作って話を流すが、レオニードの顔は変わらない。

 意を決したように、レオニードが目に力を入れた。

「みなも、ヴェリシアという国は知っているか?」

「ヴェリシア? 北方の国だっていうのは知っているけど、どんな国かは知らないな」

 本当は詳しく知っているが、様子を見るために、みなもは馴染みのないふりをする。
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