黒き藥師と久遠の花【完】
 ヴェリシアは北方の国の中でも西側に位置し、海に面した国。
 今はバルディグと交戦中だが、元々は近隣の諸国との関係が良好で、北方の玄関を担っている国だ。
 何度か足を運んだが、仲間たちの気配すらなかった。

 レオニードが「知っているだけで十分だ」と頷く。

「俺はヴェリシアの人間だ。兵士として、王宮に仕えている」

 一体どういう風の吹き回しだろうか。今まで素性を頑なに語ろうとしなかったのに。

 これは釣りどころじゃないと、みなもは糸を湖から引き上げ、竿を脇に置いた。

 一息ついてから、レオニードは再び口を開いた。

「今、ヴェリシアは隣国のバルディグから攻撃を受けている。厄介なのは、相手は俺たちの知らない毒を、剣や矢に塗って攻撃してくる。どうにか城の薬師が解毒薬の作り方を見つけたが……大陸の東部にしか生えない薬草が必要で、俺はそれを手配しに来たんだ」

「じゃあその傷は、バルディグの兵にやられたってことか」

 みなもの話に、レオニードは「そうだ」と短く答えた。

「キリアン山脈を越えて東へ向かう最中、敵兵に見つかってしまった。そのまま山腹で毒の剣で斬られた……崖から落ちて死んだと思っていたが、みなもに助けられた」

 村の入り口周辺に、崖はなかったはず。しかもキリアン山脈のふもとまでは、ここから歩いても丸一日はかかってしまう。

 無意識の内にここまで這って来たのだろうか?
 疑問には思ったが深くは聞かず、みなもは一番気になっていたことを尋ねた。

「どうして急に、俺へ話す気になった?」

「みなもの力を借りたくなったんだ」

 レオニードも釣り竿を脇に置き、己の大腿に肘を乗せた。

「東方出身の黒髪で、ヴェリシアでは誰も解毒できなかった毒を治せた。みなも、君はコーラルパンジーの葉を持っているのではないか? もし持っているならばぜひ譲ってほしい。俺も少しは手に入れたが、あまりに少なすぎる。……早く国へ戻って、一人でも多くの仲間を助けたい」
< 27 / 380 >

この作品をシェア

pagetop