黒き藥師と久遠の花【完】
「あちらの書類は、宰相様の所へお運びしてもよろしいですか?」

 言いながらクラウスが机の右側に視線を送る。
 そこにあるのは、すでに目を通し終えた書類の山。重要な案件でなければ、ほとんど内容はうろ覚えだ。

 マクシムが「ああ」と頷いて見せると、クラウスが気配なく右側へ移動する。

 コイツ、暗殺者の適性があるんじゃないのか?
 そんなことを思いながら、持ってきたばかりの書類を上から数枚ほど手に取る。

 いつもクラウスは、重要だと思われる内容を一番上に置いている。だから運ばれてすぐに目を通すことが習慣となっていた。

 書類の文字を追っていくと、『建国祭』という言葉が目に入ってくる。

 約二ヶ月後に城下街で行われる、一年の中で国が最も賑わう盛大な祭り。
 中でも毎年目玉になっているのは、ヴェリシア建国の祖であるハスク王と、彼の妻になったとされる女神ローレイの伝説を元にしたパレードだ。

 選ばれた妙齢の女性が女神ローレイに扮し、城下街の大通りをゆっくりと巡り、最後に城内へ入って現王に祝福を与え、ハスク王とともに天上へと帰っていくという内容だ。

(一年が経つのは早いな。つい最近行われたように感じるぞ)

 去年はバルディグとの戦争で、例年よりも祭りの規模が縮小されて寂しいものだった。だからその分、今年は力を入れねばと思っていたところだ。
 
 さらに書類を見ていくと、今年のパレードの配役が記されている。
 あとは署名が終われば正式決定となり、すぐさま準備が始まっていく。

 これは早急に進めなければ。
 祭りは民衆の楽しみ。準備に抜かりがあってはいけない。

 上機嫌に微笑みながら、マクシムはガラス製のペンを手に取り、インクにつけて署名しようとする。

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