黒き藥師と久遠の花【完】
 コーラルパンジー――その言葉にみなもの鼓動が大きく脈打つ。

 東方で紅蘭スミレと呼ばれているその草は、蒼蘭スミレの毒を打ち消す。

 そして蒼蘭スミレは繊細な性質ゆえ、もう自然には生えていない。
 自分が住んでいた里でしか育てられていなかった。

(まさか、バルディグに仲間がいるのか?)

 もしかすると、たまたま偶然が重なって解毒薬にコーラルパンジーが必要になっただけかもしれない。
 でもようやく見つけた手がかりだ。どうにかして確かめたい。

 風が流れ、みなもの頬を冷やす。動悸に煽られて熱くなった体には心地よい。

 フッ、と顔から力を抜き、みなもはわずかに頷いた。

「コーラルパンジーは手元にあるよ。譲ってもいいけれど、一つ条件がある」

「条件とは……いくら払えばいいんだ?」

「お金が欲しい訳じゃないよ。実は――」

 不意にみなもは口を閉ざし、レオニードは立ち上がる。

 そして二人は同時に森を睨んだ。

 ついさっきまで人の姿はおろか、動物の姿もなかった。

 が、今は褐色の外套をまとった者たちが三名。手に手に剣を持ち、こちらの様子をうかがっている。
 遠目で顔は分からないが、銀や金の頭髪が目についた。

 嫌な予感がみなもの脳裏によぎった矢先。彼らは剣を構え、桟橋に踏み込んできた。

「バルディグの兵か! みなも、後ろに下がっていてくれ」

 そう言いながらレオニードは素早く剣を抜き、彼らへ立ち向かっていく。

 恐らくレオニードを見つけた少年が誰かに話をして、噂が広がったのだろう。それを耳に入れたバルディグ兵が、追手を差し向けた……レオニードの後ろ姿を見ながら、みなもは立ち上がり、小さく息をついた。

(今までレオニードが自分のことを話さなかったのは、この村にヴェリシアの人間がいるのを知られたくなかったからか。まったく、面倒なことになったな)

 相手の目的はレオニードの始末。ついさっきまでは自分に関係のない話だったが……。

 目前では追手二人を相手に、レオニードが剣を振るっている。迫り来る剣撃を力強くはね返しているが、まだ体の傷が癒えていないせいで苦戦している。

(なるべく『守り葉』の力は使いたくなかったけど、仕方ない)
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