黒き藥師と久遠の花【完】
    ◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 城を出た時、もう空は暗くなり始め、山際がかろうじて夕日の赤みが残っているぐらいだった。

 ささやかな日差しの恩恵も消え、城下町には肌を斬りつけるような寒さが流れている。
 一歩外へ踏み出すだけでも心がめげそうな寒さへ抗うように、人々は家の中を明るく灯す。
 家から溢れる光からは、彼らの安らぎと一時の慰めがにじみ出ているような気がした。

 レオニードを先頭にして、三人は黙々と石畳の通りを歩き続ける。
 今は一刻も早く家に入って、寒さから逃れたい気分でいっぱいだった。

 間もなくレオニードは、屋根が急勾配の民家が並んだ通りに差しかかると、その中程で立ち止まった。

「ここに用事がある。すまないが一緒に来てくれ」
 
 みなもと浪司が頷くのを見て、レオニードは白壁の民家の扉を叩く。
 中から「はーい」という、少ししゃがれた女性の声がすると、すぐに扉が開いた。

 現れたのは、ふくよかで背の低い中年女性だった。
 レオニードを見るなり、丸い目をさらに丸くしたかと思うと、満面の笑みを浮かべた。

「お帰りなさい! ああ良かったわ、生きて戻ってくれて……」

 そう言うと、うっすらと滲んだ涙を拭い、レオニードの肩を叩いた。

「さあ、外は寒くてしんどかったでしょ? レオニードも後ろのお二人も、早く上がってちょうだい」

「お言葉に甘えさせて頂きます」

 レオニードは堅苦しく答えると、先にみなもと浪司を家に通してから、中に入って扉を閉めた。
< 60 / 380 >

この作品をシェア

pagetop