黒き藥師と久遠の花【完】
 真正面には暖炉の火が燃え、室内を柔らかな光で温めている。
 食事時だったのか、奥の台所にある鍋やポットからは湯気が立ち上り、酸味と香草が混じった匂いがした。

 食卓へ座るよう女性に促され、三人はおもむろに座る。
 女性はポットに茶葉を入れると、ティーカップに注ぎ、三人に振る舞ってから椅子に腰かけた。

「レオニードが旅立ってから、ずーっと心配しっぱなしだったんだよ。これ以上アタシの身内を傷つけないでくれって、どれだけ神様に頼んだことか」

 一息で言い切ってから、女性はみなもと浪司を交互に見た。瞳が妙に輝き、興味深々といった様子を隠していない。
 レオニードは「心配かけました」と相槌を打つと、みなもと浪司に目を向けた。

「彼女はゾーヤ。俺の叔母にあたる人だ」

 紹介されてゾーヤは「よろしくねえ」と、人懐っこく笑いかけてくる。
 みなもが軽く会釈をして口を開こうとした時、レオニードが先にゾーヤへ話しかけた。

「叔母さん、彼はみなもと浪司……命の恩人です」

「命のって……旅の途中で何があったんだい?」

 ころりとゾーヤの顔色が変わる。それとは対照的に、レオニードは「実は」と淡々とした口調で事情を説明していく。

 最後まで話を聞き終えた後、ゾーヤは長息を吐きながら両手を組んだ。

「そうだったのかい。本当によく生きて戻ってくれたよ……みなもさん、浪司さん、ありがとうねえ」

 ゾーヤが顔を上げてみなもを見る。
 紅潮した頬に、熱く潤んだ眼差し。心から喜んでいるのだと伝わってくる。
 その純真な気持ちが、みなもの胸が少し絞めつけられた。

 レオニードを助けたのは、仲間の情報が聞けるかも知れないと思ったから。
 自分の都合で助けたのであって、感謝されるようなものじゃない。
 彼の命が助かって、元気に動けるようになって、ホッとしたけれど。
 
 どう言えばいいか迷ったが、みなもは取り敢えず「お力になれて良かったです」と答えておく。
 こちらの思いに気づいた様子もなく、ゾーヤは何度も「本当にありがとうねえ」と口にしていた。
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