夏の空を仰ぐ花
そこには誰も居ないのに。


丁寧に、一礼していた。


あたしは野球のルールなんてろくに分からないし、騒ぐほどの興味もない。


知っているのは、昔、父が教えてくれた9つのポジションの名前と、ベースの名前くらいで。


でも、もう一度見たい。


心底思った。


もう一度、大きく振りかぶるその姿を。


存在しないボールを投げるその姿が見たくて、見つめ続けた。


顔を上げた彼のその横顔を、できることなら、もう少し長く見ていたい。


そう思った。



名前も歳も知らない、今、初めて見た人なのに。


でも、あたしはたまらなく惹かれていた。


茜色の光が燦然と降り注ぐグラウンドの真ん中で、彼は両手を広げて空を仰いだ。


その両手に光が集まるように、夕陽が降り注いでいるようにも見える。


それはそれは、猛烈に優しい光景で。


眩しくて、眩しくて。


決して夕陽が眩し過ぎたわけじゃなかった。


だけど、ただとにかく眩しくて、あたしは目を細めた。


彼が放つ光はやわらかく繊細で、あたしは魂を抜かれたように立ち尽くしていた。


太陽が、空を流れる雲に隠れる。


その短い時間に見えた、無表情な横顔。



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