夏の空を仰ぐ花
父の肩車は、最強だった。


まるで空を悠々自適に優雅に泳ぐトンビになった気がして、楽しくてたまらなかった。


『父はそのおばけになるために、今から特訓してるんだ』


「とっくん?」


『そうだ。夜の学校に忍び込んで、父は修行してるんだぞ』


それはきっと、父のデマカセだったんだと思う。


いたずらが大好きな父だったから。


「父はすごいな! 翠も修行する!」


だけど、小学生だったあたしはただ脳天気に、なんて父だと尊敬にも似た不思議な感情で胸を焦がしていた。


あれはまだ今から5年も前で、あたしが小学6年生の夏の夜のことだった。


それからもう5年が経って、今、あたしは高校1年生になった。


「ねえ、父」


あたしは補欠の席に座って、左耳のピアスにそっと触れた。


「あたし、今日で16歳になったよ」


シャラ……と華奢なピアスが繊細な音を奏でる。


10月18日。


今日は特別な日だったから、もしかしたら、何かいいことがあるんじゃないかって。


「思ったんだけどね」


今日はあたしの16回目のバースデイ。


そして、皮肉にも一年前の今日、父が交通事故でこの世を去った日でもある。


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