夏の空を仰ぐ花
父、聞こえているなら、奇跡を起こしてはくれまいか。


「補欠に……会わせて……」


もし、今、ここに。


補欠が現れるようなことがあったら。


そんなこと、起きるわけないけど。


もし、起きるなら。


あたし、この先にどんな試練があろうとも、弱音なんか吐かない。


ツクツクと壁時計の秒針の正確な音だけが、むなしく教室に響いていた。


あたし、誓うよ。


もし、今、奇跡が起きたりしたら。


この恋に、この命を捧げる。


あたし、死にものぐるいになって、この恋に立ち向かって、誓う。


だから、補欠に会わせてください。


明日じゃなくて、今日。


「くっそー……なんでこんな……好きなのっ……」


大粒の涙が頬を伝わずに、目から直接、机の上にポトと落ちたその瞬間だった。


「そこ、おれの席なんだけど」


確かに、起きるはずのない奇跡が、起きた。


あたしは確かに、間違いなくこの耳で、その優しくて物静かな低い声を聞いた。


確かに、この耳で。


「……へ」


ゆっくり、確かめるように顔を上げると、暗く沈んだ教室の入り口に、補欠が突っ立っていた。


「そこ、おれの席」


夢かと思った。


< 172 / 653 >

この作品をシェア

pagetop