夏の空を仰ぐ花
声が出なかった。


ドキッとした。


ドキッとして、そのあと、かきむしられるように胸が苦しくなった。


補欠の好きなひとってどんなひと?


補欠がその手で甲子園に連れて行きたいと思う女の子は、どんな子?


その子があたしなら、どんなにいいだろう。


きゅっと唇を噛んでいると、今度は補欠が聞いてきた。


翠は?


好きなやついる?


それはどんなやつ?


あたしに、無防備な背中を向けながら。


あたし、いるよ。


好きなやつ。


死ぬほど、大好きなやつ。


大袈裟だって笑われるかもしれないけど。


この身を捧げても足りないくらい大好きなひと。


いるよ。


「ヘッドローック!」


あたしは豪快に、補欠の首に技を仕掛けて飛び付いた。


「誰が、補欠なんかに教えるかってえの」


「うわっ! 何すんだよ」


少しは気付け。


あたしはわざと補欠の首に強く腕を絡めた。


気付いてよ。


あたしの好きなひと。


夏井響也っていうひとだよ。


補欠、だよ。


「バカ! 苦しい! 殺す気かよ、離せ」



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