夏の空を仰ぐ花
補欠が、あたしの腕を掴んで、どうにか逃れようと頑張る。


「やだ! 離してたまるかあ! ヤロー」


補欠が頑張ろうとすればするほど、あたしは必死に抱き付いた。


離すもんか。


補欠に好きなひとがいたって、かまわん。


それがあたしじゃなくても、かまわん。


だってもう、にっちもさっちもいかないくらい、あたしだってこの男に惚れてしまったのだ。


「離せ!」


「やだ!」


「離せっ」


「殺してやる! ぶっ殺すー!」


惚れて惚れて、惚れ抜いて。


あたしはお前に、メロメロのけちょんけちょんだ。


好き。


補欠。


好きだよ。


「まじで勘弁!」


補欠が苦しそうに声を絞り出した。


「おれ、甲子園行くまで死にたくねえもん」


甲子……園。


あたしは腕の力をありったけ強くして、補欠にしがみついた。


甲子園。


そのたった三文字の場所は、まるで嵐の後の濁流のようにあたしの心を掻き立てた。


甲子園。


補欠が目指しているそこは、父も目指していた特別な場所だ。


結局、父は行く事ができず、この世を去った。


父は言っていた。


『冴子を連れて行ってやりたかったんだ。甲子園に』


そこに、あたしも行ってみたい。



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