夏の空を仰ぐ花
補欠の腕の中は、春のひだまりのみたいに暖かくて、泣きじゃくるあたしをまるごと包み込んだ。


耳元を、補欠の低い声がくすぐる。


「……泣くなよ。バカだな」


「ほけつう」


あたしは、補欠の背中に両手を回してしがみついた。


「翠」


「補欠ううう……」


泣きじゃくるあたしの顔を両手で持ち上げて、


「泣くな。笑ってよ、翠」


補欠は小さく笑った。


「おれ、笑ってる翠が好きなんだ……太陽みたいだから」


くすぐったそうに、笑った。


補欠の言葉はどれもこれも丸裸で、ストレートだ。


着飾った言葉は、ひとつも言わない。


補欠らしいと思う。


泣いて、笑って、また泣いて。


最後に大笑いした時、突然、


「スキあり」


補欠が左手であたしの顔をぐいっと引き寄せた。


「へ……」


ファーストキスは、月明かりが射し込む夜の教室で。


おとぎ話の姫になったような気分だった。


王子様はタイシードじゃなくて、真っ黒な学ランだったし。


お姫様はドレスじゃなくて、紺色のブレザーだったけど。


キスだって、触れたかよく分からないくらい、一瞬だったけど。


まばたきすらできなかった。


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