夏の空を仰ぐ花
そうこうしている時も、発車時刻は容赦なく迫り来る。


7時50分。


くそお。


あたしは補欠の手をぎゅうっと握りながら、祈るようにふたりを見つめた。


時間よ、止まれ。


止まれ、止まれ、止まれ!


それすら叶わないなら、せめてあと一分一秒、延びろ。


補欠も固唾をのんで、ふたりを見つめる。


崖っぷちに立った人間は周りが見えなくなるものかもしれない。


行き交う人や駅員さんたちがチラチラと見ている中、人目もはばからず健吾が言った。


「やっぱ好きだ! あっこのこと」


ついに、あっこの目から涙がこぼれ落ちた。


「再来年の夏、絶対、甲子園行くから! だから、テレビで見てくれや」


甲子園。


その言葉が聞こえてきた瞬間に、補欠が手を握り返してきた。


あたしはひたすら健吾の背中を見つめた。


もともと大きくて広い、健吾の背中。


今日は倍大きく見える。


「わりー! 何もやるもんなくて!」


そう言って、健吾は学ランからそれを引きちぎって、あっこに向かってぽーんと投げた。


大きな半楕円形を描いたそれは、まるで吸い込まれるように、あっこの小さな両手にすとんと納まった。


両手を開いて、あっこが目を丸くした。



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