夏の空を仰ぐ花
補欠の右手があたしの顔をすっと追い越して、ドアを前に押した。


パタ……ン


補欠の力が加わって、ドアが閉まる。


「ちょっと、待って」


耳もとに補欠の吐息がかかって、くすぐったい。


「なん……だ」


あたしは息を飲み込んで、ドアノブをぎゅっと握った。


背中に、補欠の気配がしっかりあった。


「おれって、そんな頼りない?」


「……は?」


「翠の不安くらい、受け止めるだけの覚悟はあるつもりだけど」


ドアノブを握るあたしの手に、補欠の左手がそっと重なった。


「補欠」


「うん?」


じゃあ、受け止めて。


あたしの、不安。


「あたしは不安でたまらんのだ」


片想いをしていた時は、不安なんてなかった。


必死に追い掛けていたから、不安という感情はなかった。


けど、いざ両想いになって彼女になれたとたんに、あたしは初めての気持ちに気付いた。


不安。


一度手にしたものを、失う怖さ。


片想いだった時の方が楽だったことに、ようやく気付いた。


絶対に失いたくなくて失うのが怖くて、必死に守らなきゃって。




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