夏の空を仰ぐ花
「おれはもう無理だ。離れる気なんか……ねえよ」


あたしも、無理だ。


絶対、離れるもんか。


あたしはそっと目を閉じた。


補欠の唇が、あたしの唇に静かに触れた。


軽く口付けて、離して、


「離れらんねえだろ、もう。離れらんねえよ」


そう囁いたあと補欠がくれたキスは、優しくて静かで。


だけど、やたらと甘ったるくて。


ガムシロップを2、3個一気飲みしたくらい、甘ったるくて。


涙が止まらなくなってしまった。


指導室は長テーブルと椅子があるだけで、ただ殺風景で。


時計の秒針の音だけが、個性無く響いていた。


あたしは爪先立ちをして、補欠の首に腕を絡ませた。


甘えてみたくなった。


それに答えるように、補欠が唇を落としてくる。


外はやっぱり初雪色に染められていて、窓ガラスが曇って水滴を落としていた。


喉が焼けるくらい甘ったるいキスのあと、補欠に抱きつきながらその肩越しに見た景色を、あたしは一生、忘れない。


「翠は、ただ笑って、おれのそばにいてよ」


そう言って抱き寄せたあと、補欠がくれた長い長いキスも。


あたし、忘れないよ。


手から力が抜けていく。


パサパサと音を立てて、床に散らばる6枚の原稿用紙。


補欠の肩越しに、降りしきる淡雪。


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