夏の空を仰ぐ花
『耳に穴をあけるとは、我が子ながらあっぱれあっぱれ』


痛かっただろ、そう言って、父はあたしの左耳にそーっと触れた。


『翠のそういう大胆な所は、冴子にそっくりだな』


父の左手はほんの少し、ひんやり冷たかった。


まだ穴を開けたばかりの耳は熱を持っていて、父の左手の感触がやけに心地よかった。


「なんでよ……」


確かに、他の大人よりちょっとズレてる夫婦だとは前々から感じていたけど。


「なんで?」


中2のくせにピアスとは何事だ、とさすがに怒られると覚悟していただけに、戸惑った。


「なんで怒んないの? あたし、中坊のくせにピアスしたんだよ」


道の真ん中で立ち止まったあたしを、ふたりは同時に振り向いた。


「それがどうしたってんだ!」


まるで下町江戸っ子の「てやんでい!」みたいに言い放った、母。


「ピアスくらい誰でもやっとるわ!」


『そんなチンケな事で怒ったら、キリがないだろ』


父はゲラゲラ笑った。


『そんなこと言うなら、父はどうなる。高校生の分際で、恋人を妊娠させた父はどうなる』


それに、と父は続けた。



< 28 / 653 >

この作品をシェア

pagetop