夏の空を仰ぐ花
「怪我?」


「うん。練習試合の時、変に衝突してさ。前歯一本折れて、鼻の骨折」


「げっ! 痛てえ」


でも、写真の健吾は思いっきり笑ってるけど。


ニヘーとニタつく健吾の下の段を見ていくと、右端に補欠が写っていた。


【夏井 響也】


「みっけ! あたしの補欠」


なんて言えばいいのか分かんないけど。


中学生の補欠は、やっぱり独特な目をしていた。


今より遥かに幼顔で、だけど、写っている誰よりも物静かで優しげな瞳は、何ひとつ変わりなくて。


できることなら、この時まで時間を巻き戻して、この時の補欠を見たいと思った。


過去も今も、未来も。


あたしは欲張りだから、補欠の過去も未来も全部欲しくなった。


この時の補欠の目にはどんな人が、どんな景色が、どんなふうに映っていたんだろう。


あたしの知らない、補欠。


今は隣に座ってるっていうのに、なんだか遠くに感じた。


舐めるように見つめていると、補欠があたしからひょいとアルバムを取り上げた。


「あー! 何すんじゃ! 見てんのに」


睨むと補欠は赤くなって、アルバムをパタリと閉じた。


「んなまじまじと見られても困るし。やだし……恥ずかしいし」


「別にいいだろ! 減るもんじゃなし! 返せ」


「返せって、おれのアルバムだぞ」


「補欠の物はあたしの物! あたしの物はあたしの物!」


乱暴にアルバムを取り返して、またパラパラめくった。


ふと、開いた最後のページであたしは手を止めた。


カラフルなボールペンで書かれた文字が、空白をびっしりと埋め尽くしていた。


「これ、寄せ書き?」


「うん」


「へえ」


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