夏の空を仰ぐ花

やさしい光

やさしい光だった。


彼を見たのは、あの日が初めてだった。


ひらひら、はらはら。


早咲きの桜の花びらが、季節外れのなごり雪に混じって、舞い落ちる。


「ねー、翠! やっぱやめとくべ。開いてないじゃん」


だいたい春休みじゃんか、と結衣がアスファルトにしゃがみ込んだ。


「情けない15歳だな、おぬし。あたしは諦めんぞ!」


季節は春、真っ只中。


あたしは中学校からの親友である佐東結衣(さとう ゆい)を無理やり連れ出して、明日から通う高校の偵察を決行した。


「見ろ、結衣! あれが」


目の前にドーンと建っている、白い校舎を指差した。


「明日から、ここがうちらのアジトだ。偵察もせんでどうする!」


ガッチリと閉ざされた正門の鉄格子前に立ち、あたしは胸の前で腕を組んだ。


「アジトって……んな大袈裟な」


疲れ切ったへなちょこ声で、結衣が言った。


「偵察なんかせんでも、明日からは嫌でも通わなきゃなんないんだしさ」


県立南高等学校。


自宅からほど近く、制服も可愛いという理由で、南高を受験した。


……なんて、真っ赤っかーな大嘘だ。


猿の尻より、真っ赤っかーな。



< 3 / 653 >

この作品をシェア

pagetop