夏の空を仰ぐ花
「当たり前だ。これは、あたしの問題だ。補欠は関係ないからな」


フンと笑ったあたしの顔を、母が怪訝に覗き込んでくる。


「嘘つくのか? 隠すのか? お前、嘘も隠し事も嫌いなくせに」


違う。


これは嘘じゃない。


「嘘じゃねえやい。だって、脳腫瘍なのかって聞かれたわけじゃないし。ただ、言わないだけだ」


隠し事でもない。


「言わない。それだけのことだ」


だって、言う必要がないからだ。


死ぬわけじゃないのに、病気になった、大変なんだ、なんていちいち騒いでたらきりがないだろう。


これしきの事で、補欠を振り回してられるか。


これからが、補欠にとって正念場になってくる時期だってのに。


頑張ってエースになってもらわにゃ困る。


あたし、甲子園に連れてってもらうんだ。


補欠に連れてってもらうの。


「結衣と明里にも言わないのか?」


母に聞かれ、あたしはすぐに頷いた。


「言わん」


言う必要はない。


あいつらがそんなことを知ったら、どうなるのか想像がつく。


きっと、あいつらは血眼になって心配して、そして、泣いてしまうだろう。


人情に熱く、友情に熱烈な女どもだから。


ただ、とにかく、誰にも心配をかけたくない。


頑なにその一心だった。


ガンとするあたしを、呆れたように母が笑った。


「分かった。母も女だ。娘とグルになる。とことんグルになってやらあ」


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