夏の空を仰ぐ花
あたしはギリギリと歯をくいしばり、涙がこぼれないようにひたすら我慢した。


「おい……おいおい」


いつもおちゃらけている健吾が、珍しくうろたえていた。


無理もない。


今にも泣きだしそうなあたしを見たのは、おそらく初めてだろう。


「じゃあな」


あせった。


健吾に、こんなに弱っちいとこを見られて、あせった。


「あ、おいおい! 待てって、翠」


いま、響也呼んで来る、健吾のその声を無視して、とっさに駆け出した。


何人もの人にぶつかりながら一気に階段を駆け下りて、下足棚に到着した時、


「翠!」


背後から呼ばれた。


あたしはわざと無視して上履きを脱ぎ、ローファーを掴んだ。


無視したのは、それが補欠だと分かったからだ。


「待てって、翠!」


ローファーを掴むあたしの左手を、補欠の左手が捕まえる。


掴まれた時、ポンとスイッチを押されたように左目から涙がこぼれた。


ひと粒こぼれると、今度は歯止めがきかなくなった。


もう、どうにもならなかった。


あたしはローファーを掴んだまま、ボロボロ涙を流した。


ばれないように、声を殺して。


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