夏の空を仰ぐ花
「じゃあな、補欠」


上履きを下足棚に放り込んで、ローファーに両足を入れた時、


「じゃあな、って……。なんで早退すんだよ」


補欠が、あたしの腕を掴んだ。


「補欠にゃ関係ないだろ。あたしにもイロイロあんだよ」


離せ、とその手を振りほどこうとしたあたしを、怪訝な面持ちの補欠がぐいっと引っ張った。


「関係ないことないだろ」


「はあ?」


「自分の彼女が早退すんのとか、やっぱ心配だろうが。どっか具合わりいのかな、とか」


ドキッとした。


バレたんじゃないかと焦った。


「てか、何か用事あったんだろ? だから教室に来たんじゃねえの?」


まっすぐ見てくる補欠から、とっさに目を反らした。


「別に……」


何かこう、もう少しマシなアリバイくらい言えたはずなのに。


得意の、歯医者だとか、眼科だとか、アリバイならいくらでもあるのに。


そうしていれば、この場くらい丸くおさめることができていたのに。


「別に、用事なんかねえよ!」


離せ、うぜーな、なんて、あたしは心とは裏腹に暴言を吐いた直後にハッとした。


「うぜえってなんだよ。なんだよ、それ」


補欠のそんな顔を見たのは、初めてだった。 



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