夏の空を仰ぐ花
午後からは完全予約制の診察で、今日はあたしが最後の患者らしい。


そうか、あたし、もっと弱くてもいいのか。


しゃくりあげて泣くあたしに、


「少し、落ち着いてから帰るといいよ」


と長谷部先生は砂糖とミルクたっぷりのホットコーヒーを出してくれた。


一口飲むと、甘さが体に浸透して、荒れ果てた感情が次第に凪いでいった。


「うまー」


コーヒーをすすりながら落ち着きを取り戻すあたしの隣で、


「僕の事は気にせず、ゆっくりして行くといいよ」


と長谷部先生はデスクに向かって仕事を始めた。


時計の針が15時をまわった頃、コーヒーカップもちょうど空になった。


そろそろ帰ろうと思った時、突然、シャッとカーテンが開いて、人が入って来た。


「おれはパシリじゃないって、いつも言ってるだろ」


父さん、と入って来た彼を見て、あたしは目を見開いた。


こいつ……!


やわらかそうな栗色の髪の毛。


耳に揺れるシンプルなピアス。


つり上がった目元。


健吾と変わらないくらい、高い背。


着崩した学ラン。


隣の席の、蓮だった。


蓮はあたしを見て「あっ」と声を漏らした。


「すまなかったな、蓮」


長谷部先生が椅子を立った。


「助かったよ。本当に」



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