夏の空を仰ぐ花
そして、あたしを見つめて突っ立っている蓮から茶封筒を受け取り、


「だけど、蓮。いきなり診察室に入って来るなって、いつも言ってるだろう」


気をつけろ、と長谷部先生が蓮の額をコツンと突いた。


「君、何でここに?」


あたしはとっさに、蓮に背を向けた。


今、父さん、て言ったな。


長谷部先生のこと。


父さん、て。


「ねえ。吉田翠ちゃん」


蓮の声が頭上から降って来た時ようやく理解した。


こいつだったのか。


長谷部先生の息子って。


こいつが、長谷部蓮。


「ここ、脳神経外科だよ。なんで、吉田翠ちゃんがいるの?」


最悪ってもんじゃない。


今日まで、バレないように生きて来たのに。


まさか、同じクラスの、ましてや隣の席の人間に。


こんな形でバレてしまうとは。


「なんだ。顔見知りだったのか」


ふふ、と笑った長谷部先生に、蓮が答える。


「顔見知りもなにも、隣の席だから」


あたしは蓮に背中を向けたまま、空っぽのコーヒーカップを両手でギュッと握りしめた。


まいったな。


こいつは、口が軽いだろうか。


隣の席なのに、蓮と話したのはあの日だけだった。




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