夏の空を仰ぐ花
びっくりして、あたしは街灯の真下で案山子のように立ち尽くした。


カラカラ、カラカラ、車輪の音が近づいて来る。


誰かが来る。


あたしは息を殺して、街灯の下に突っ立った。


まるで、スポットライトを浴びているような不思議な気持ちだった。


公園の門から見えたのは自転車の後輪で。


カラ、カラ、カラ……カラ。


ゆっくり、ゆっくり、何かを確かめるように。


おそるおそる、後退してくる自転車。


あたしは喉を鳴らして唾を飲み込んだ。


自転車にまたがって一歩ずつゆっくり、後退してきた人影が公園の入り口前でピタリと停まった。


「……えっ」


勝手に声が漏れて、勝手に目が見開いていた。


人影が、こっちを見て固まる。


シルバー色の、自転車。


こざっぱりと丸められた、坊主頭。


夜闇にひときわ輝きを放つ、瞳。


学ラン。


背中のスポーツバッグが、月明かりに照らされてエナメルに輝いていた。


数メートルの距離を隔てた先で人影が動くと、カラ……と車輪が音を立てた。


「……え……みど、り?」


聞き馴れた優しくて低い声が、夜風に少しだけかき消された。


春のやわらかな風が、あたしの髪の毛をなびかせた。


「……翠? ……だよな?」


夜風が木の葉をさわさわとゆらした。






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