夏の空を仰ぐ花
なんで……?


自転車にまたがり、アスファルトに両足を着いて、まるで幽霊でも見たかのように目を丸くしたのは補欠だった。


なんで、戻ってきたの?


あたしは街灯の明りに打たれて、動く事が出来なかった。


補欠が、ひらりと飛び降りる。


「翠?」


スポーツバッグを背負い直して、補欠が見つめて来る。


なんで、あたしだって分かったの?


何も答えず立ち尽くすあたしを、補欠は不思議そうに見ていた。


そして、学ランから携帯電話を取り出してディスプレイを見ると、


「こんなとこで何してんだよ。もう7時過ぎてるぞ」


補欠は携帯電話をポケットに突っ込んだ。


「早退してから、ずっとここに居たのか?」


あたしは、声には出さず、ふるふると首を振った。


ますます突っ込まれると思ったけど、「そっか」と補欠はそれ以上深く追求してこなかった。


ただ、不思議そうな顔をして、あたしの顔を見て来た。


こんな事ってあるんだろうか。


目の奥が熱くなって、透明なベールの向こうに、補欠が滲んで見えた。


「な……んで」


絞り出した声が、涙で震えた。


月明りに照らされた自転車が、補欠の背後できめ細かく輝いていた。


ジャリ、と補欠が一歩あたしに近づいてきた。


だから、あたしは一歩後ずさりした。


なんで?


補欠、今、みんなと一緒にここの前を通過して行ったんじゃなかったの?


なんで、戻って来たの?




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