夏の空を仰ぐ花
「いや、なんか……ここ通った時、さ……」


補欠の声が、珍しい事に、微かに震えていた。


「誰か居たような気がして。こんな夜の公園に居るようなやつ……翠くらいかなって」


ひと粒、涙が頬を伝い、地面にぽとりと落ちた。


「翠だったような気がして。気付いたら、戻ってきてた」


運命だと思った。


やっぱり、運命なんだと思った。


「来てみたら、やっぱり翠だった」


そう言って、補欠はやわらかく微笑んだ。


一気に涙があふれて、滝のように流れた。


運命だ。


誰が何と言おうと、これは運命だ。


たまたま、が偶然と重なったにすぎない事のはずなのに。


そう思えて仕方なかった。


こんな暗い公園に居たあたしを、補欠は見つけてくれた。


見間違いだな、そう思って帰る事だってできたはずなのに。


もしかして、そんな何の確信もない理由で、補欠が戻ってきてくれた。


補欠がゆっくり、こっちに向かってくる。


「補欠!」


あたしが大きな声を出すと、あと数メートルの距離のところで、補欠がピタリと立ち止まった。


「知ってるか? 補欠」


きょとんとする補欠に、あたしは微笑んだ。


「運命のひとってさ、生まれた時にはもう、決まってるんだってさ」


「へえ」


「そんでな。それは、ふたりの目が合った瞬間に分かっちゃうんだってさ」


「ふうん」


「例えばそれが、どんなに人ごみの中だったとしても」


分かっちゃうんだってさ、そう言ったあたしを見て、補欠はプッと吹き出した。

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