夏の空を仰ぐ花
補欠の腕が、あたしの心ごと、体を抱きすくめる。


「教室に来てくれたのに。会いに来てくれたのに、気づかなくてごめん。悪かった」


あたしは補欠の背中に両手を回して、しがみついた。


補欠の胸に顔をうずめた。


「ごめん、補欠……あたしっ」


ごめんね。


ほんとに、ごめんね。


言わないだけだ、なんてただの綺麗事だ。


ごめん。


あたし、補欠に隠してることがあるんだ。


だけど、どうしても言えない。


言ったら、それを口にしたら……もうこうして抱きしめてもらえないような気がして。


ただ、それだけが怖くて。


言いたくても、言えない。


「いいよ。翠は何も悪くねえよ。悪いのは、おれだから」


背中をぐっと抱き寄せた補欠の左手が、あたしの右手を捕まえた。


「へっ……」


顔を上げた瞬間に、あたしは夢中になって補欠の唇を受け止めていた。


「不安にさせてごめんな。泣かせてばっかで、ごめん。野球ばっかで、ほんとごめん」


ごめんな、そう言って、補欠は切なげに目を細めた。


補欠は言った。


普通の男と付き合ってたら、こんな寂しい思いしなくても済んだのにな。


おれが野球部じゃなかったら、もっと一緒に居られるのにな。


ごめんな、と。


けれど、補欠は言った。




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