夏の空を仰ぐ花
雨蛍
天にも昇る想いだった。
吉田翠、17歳。
その日、大好きな彼氏の笑顔に、昇天した。
夏の夕暮れの空に掲げられた、背番号1。
「どんなもんじゃー! エースだ!」
補欠がエースになった翌日、あたしはわらにもすがる思いで長谷部先生に頭を下げた。
「先生! 一生のお願い! 頼むよ!」
シンと静まり返った診察室。
長谷部先生は口を一文字に結んで、眉間にしわを寄せ集めた。
「……」
「来月の15日、野球の地区大会が始まるの。春の選抜がかかってんだよ。ねっ、大会が終わったら、必ず手術受けるからさ」
どんなに頼み込んでも、長谷部先生は首を縦に振ろうとしなかった。
「彼氏、野球部だっけ?」
「うん。エースなんだ」
ううーん、と濁った溜息を吐いて、先生は言った。
「気持ちは分かるけど、でもね、早く手術しないと。いくら良性でも、放置している時間が長くなってしまうと、脳が圧迫されて」
「んなこたあ分かってんの!」
突然豹変したあたしを、長谷部先生がぎょっとした顔で見て来る。
お構いなしに、あたしは続けた。
「分かってんの! けど、大会が終わるまで、手術受けることできない! これだけは譲れない!」
どれくらい、時間を無駄にしてしまったのだろう。
その無駄な時間は、睨み合いに消えて行った。
「困った子だね」
ついに白旗を上げたのは、長谷部先生の方だった。
「……分かりました。でも、時間が経てば経つほど腫瘍は大きくなるだろうし、手術の難易度も」
「いいよ、オッケー」
「必ず、手術を受けると約束してくれるね?」
あたしはしっかりと頷いた。
本当は、夏休み明けにでも入院して、手術を受けるつもりだった。
吉田翠、17歳。
その日、大好きな彼氏の笑顔に、昇天した。
夏の夕暮れの空に掲げられた、背番号1。
「どんなもんじゃー! エースだ!」
補欠がエースになった翌日、あたしはわらにもすがる思いで長谷部先生に頭を下げた。
「先生! 一生のお願い! 頼むよ!」
シンと静まり返った診察室。
長谷部先生は口を一文字に結んで、眉間にしわを寄せ集めた。
「……」
「来月の15日、野球の地区大会が始まるの。春の選抜がかかってんだよ。ねっ、大会が終わったら、必ず手術受けるからさ」
どんなに頼み込んでも、長谷部先生は首を縦に振ろうとしなかった。
「彼氏、野球部だっけ?」
「うん。エースなんだ」
ううーん、と濁った溜息を吐いて、先生は言った。
「気持ちは分かるけど、でもね、早く手術しないと。いくら良性でも、放置している時間が長くなってしまうと、脳が圧迫されて」
「んなこたあ分かってんの!」
突然豹変したあたしを、長谷部先生がぎょっとした顔で見て来る。
お構いなしに、あたしは続けた。
「分かってんの! けど、大会が終わるまで、手術受けることできない! これだけは譲れない!」
どれくらい、時間を無駄にしてしまったのだろう。
その無駄な時間は、睨み合いに消えて行った。
「困った子だね」
ついに白旗を上げたのは、長谷部先生の方だった。
「……分かりました。でも、時間が経てば経つほど腫瘍は大きくなるだろうし、手術の難易度も」
「いいよ、オッケー」
「必ず、手術を受けると約束してくれるね?」
あたしはしっかりと頷いた。
本当は、夏休み明けにでも入院して、手術を受けるつもりだった。