夏の空を仰ぐ花
この人生始まって以来、最大のミスだ。


まさか、寄りによって、始業式。


しかも、全校が集まっている体育館で倒れてしまうとは。


「後でお礼言っとけよ。同じクラスの長谷部蓮くんに」


「え……」


薄手の毛布の中で、ぎゅっと両手を握った。


「何で……蓮のこと」


見つめると、母は困ったような顔をしていた。



「長谷部蓮ていうクラスの男子が先になって動いてくれて、とても助かったんだとさ。さっき、担任の先生から聞いた」


蓮が。


「そっか」


蓮が、助けてくれたのか。


「蓮くん。長谷部先生の息子なんだってな」


あたしはこくりと頷いて、窓の外に視線を投げだした。


「……雨、やまないな」


はぐらかすようにつぶやくと、母は何も言わず横のパイプ椅子に座った。


決して強いとは言えないけど、雨はしとしとしぶとく降り続いていた。


もう、うんざりだ。


やめよ。


雨なんか、嫌いだ。


早く止んでくれればいいのに。


雨なんか、大っ嫌いだ。


補欠が、グラウンドで野球できないじゃんか。


補欠の笑顔を曇らせるものは、全部、嫌いだ。


今、補欠はどんな顔をしているだろう。


それが気がかりで、泣きたくなった。


あたしが倒れた時、それを知った時、補欠はどんな顔をして何を思っただろう。


窓の外を濡らす雨の向こうに、困惑する顔の補欠が見えた気がした。


ちくしょう。


目前に迫る地区大会を前に、こんな事になるなんて。


「翠」


ぽつり、と母の声は不思議なほどやわらかくて、すんなりと耳に入って来た。


窓の外を見続けるあたしに、母が話し始めた。


「お前の腫瘍。思いのほか大きくなってて。なるだけ早い手術が必要なんだって」
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