夏の空を仰ぐ花
野球?


「なんで? ルールとか分かるの?」


野球?


それは、今のあたしにとって禁句中の禁句だ。


机に伏せたまま一気にカッと目を見開くと、隣の席でクラスメイトの千穂(ちほ)と美智(みち)が、帰り支度をしながら話していた。


「ルールなんて分かるわけないじゃん」


千穂が楽しげに微笑む。


美智が首を傾げる。


「えー、じゃあなんで野球なんか選択したの?」


「だって、男女のメンバーが一番良さそうだったんだもん。野球」


ギャフン。


「陸部の裕樹(ひろき)と啓太(けいた)は気さくだし。野球部の健吾くんはすっごく面白いし」


ギャフン、ギャフン。


「へえー。でも、確かに。私も野球選択すれば良かったあ」


なんて、美智が羨ましそうに眉毛を八の字にして笑った。


あたしだって、羨ましいわい。


ギャフン、ギャフン、ギャフン。


千穂が「あっ」と声を漏らして、右手の拳で左手のひらをポンと叩いた。


「それと、夏井くんも」


千穂の一言に、あたしの背筋が過剰に反応した。


ギャッフーン!


「夏井くんも野球だっけ」


ガタリと椅子を立った美智に続いて、


「うん」


と千穂も立ち上がった。


「夏井くんて無愛想だけど、さりげなく優しいし」


なにっ。


「ああ、分かるー」


あたしの耳はダンボになっていた。



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